2022/11/04 12:23
洋服の博物館があると友人に誘われて、closet museumというところへ足を運んだ。
レトロ好きな友人はたいそう喜んでいたが、私はどうも古着というものが苦手だ。
誰か知らない人が着たものなんてなんだか気持ち悪いし、もともとダメージがあるものはきちんと手入れをしないとすぐに着られなくなってしまってコスパも悪い。
ズボラな私には向いてない。興奮気味の友人の後ろを若干冷めた気持ちでついていく。
順路に沿って移動すると、ワンピースが並ぶショーケースが現れた。
ブルーの生地にイエローの花柄。ベリーが散らばった柄。グリーンのベルベットに大きなパールボタン。
様々なワンピースは全く異なるテイストながらも、確かにレトロな雰囲気を持っている。
その中で一つ、はたと目を留めたものがあった。
ワインレッドの温かなコーデュロイがたっぷりと使われ、ボリュームのあるフレアワンピース。
あちこちに使用されているレースはカーキ色で、配色としては珍しい。お嬢様っぽいシルエットで、お茶会に行ってそうだ。
私の普段の服装とはかけ離れたジャンルの服だと分かっていても、何故だか惹かれる。
手を伸ばしかけて、横に置かれた注意書きを見て手を止めた。
付着した毛が目立ちやすい生地です。
ハンガーで吊った状態で、粘着テープのコロコロをコーデュロイの縦線に対して真横に動かすようにすると毛がすぐ取れます。
しっかりした生地なので、干すときは皺を伸ばして乾かし、着る前夜にはスチームアイロン弱でお手入れを。
「めんどくさい……」
思わずため息混じりの声が漏れた。
たった一着服を着るだけでこんなに注意点があってやらなければならないことがあるなんて。
現代社会に適してない、とぶつぶつ言いながら私はその場を離れた。
結局たんまり買い込んだ友人と対照的に、私は何も買うことなくcloset museumを後にした。
振り返ると、館長が深々とお辞儀して見送っていた。
***
家に帰ってゆっくり食事を摂り、風呂に入ってひと段落ついた。
ほかほかとした湯上がりの身体でテレビの電源を入れた。テレビはもっぱらサブスクで提供されている映画を映す目的だけに使用されている。
今日観る作品を物色し、ボタンを押すと映画は始まった。
その主人公は、手のかかる少女だった。
朝起きれば長い亜麻色の髪をくりくりにカールさせろだの、さっき選んだドレスはやめて新しいドレスを着るだの、どこどこの茶葉じゃなければ飲まないだの、傍若無人な振る舞い。
使用人も親もお手上げで、はいはいと言うことを聞くしかない。
私も始めは、なんだこのわがままな娘はと思っていた。
しかし、彼女の望みを叶えてやると、彼女は天使のようなとびきりの笑顔と甘い声でお礼を言うのだ。
キラキラしたヘーゼル色の瞳に見つめられて、頼まれた人は何も言えなくなる。やれやれ、そうぼやいているふりをして微笑んでいる。
映画は、その少女がくりくりの髪とふんわりしたドレスの裾を翻しあちらこちらを冒険し大団円で終わるのだが、finの文字が画面の右下から消えても私の頭の中には彼女の姿ともう一つ、消えないものがあった。
***
「めんどくさい……」
私は呟きながら、スチームアイロンの吐く蒸気に包まれていた。
ハンガーにかかったワインレッドのワンピース。パリッとしたカーキのレースも健在。
テーブルの上には博物館の名刺がまだ仕舞われないまま置いてある。
映画を観た翌日、私はcloset museumでワンピースを買った。
注意書きの通りホコリはつきやすいし洗濯したらシワがつくしボタンは小さいしもう本当に、
「手がかかる子」
ひとりごちて、私は自分が上機嫌なことに気がついた。
スチームを当てられた彼女──ワンピースは、ふっくらとあるべき姿を取り戻して冒険を待っている。
私はズボラで面倒くさがりだ。毎日こんなことするなんて到底無理。
でも、それでも、手のかかる洋服が一着くらいあってもいいかな。
ワンピースを纏うと、私の身体にフィットしてより立体的になった。鏡の前で一回転。よし。
友人に電話して、私はとっておきの喫茶店へ向かうために駅へと急いだ。
▼ローズマリー
https://closetmuseum.base.shop/items/68090832