2022/11/09 23:50
「こんにちは。私たちはcloset museumの案内人です」
「今日は館長の仕事について紹介します」
回転ドアの向こう、星座の瞬く天井が広がるエントランスホールにて、色違いの薔薇の刺繍が入ったブラウスの案内人が左右に1人ずつ立っている。
「おや、さっそくお帰りになったみたいです」
館長は左右に大きな袋を提げてえっちらおっちら館内に戻ってきた。
袋の中身は今しがた手に入れた洋服や服飾品の数々。どれも数十年経ったヴィンテージ品だ。
素材も色も様々。
「持ち帰った服は検品にかけられます」
検品台の上に洋服たちが並び、毛玉や破れがないかどうか調べられる。
検品を通ったものはそのまま採寸へ進むが──
「こちら、虫喰いの穴が空いてますね」
「こっちはボタンに欠けがあります。袖のボタンとも種類が異なるようです」
案内人たちは洋服を手に取り口々に申し立てた。
館長は両手を腰に当てて一息ついてから、裁縫箱を取りに行く。
ボックスの中には、布地に合うようにバリエーションのあるカラー糸。時代の流行から置いて行かれた肩パッドを取り外すリッパー。そのほか修繕のための道具が詰まっていた。
修繕作業すること数時間。
案内人たちがお茶を楽しみ、片付けを済ませるころに館長が晴れやかな表情で修繕済みの服を持って現れた。そして別の部屋へ消える。
「ええ、そうです。直して終わりではありません」
「次はクリーニングです」
中性洗剤、重曹、ポイントリムーバー、酸素系漂白剤、塩素系漂白剤、石鹸、ベンジン、アルコールなど様々な薬品や洗剤を用途によって組み合わせてシミや汚れを抜いていく。
ものによってはデリケートな素材や飾りが付いている場合もあり、一つ一つ手洗いをして様子を見る。
薬品が強すぎると生地を痛める可能性があるので、強ければいいというものでもない。
色落ちが見られるものは色止めの工程も挟まる。
古着は特有の保管臭や皮脂が発展した臭いを発する場合がある。
人によってはそれが好きで店に流れる空気ごと愛するということもあるが、古着に慣れない人はそれが嫌で手が伸びないこともある。
そのため、museumでは樟脳などの防虫剤や保管臭も徹底的に取り除く作業を行う。
クリーニングだけで2〜3日かかることもあるのだ。
汚れがあるから、黄ばみがあるからと着られずに埋もれていく服たちを救うべく、あらゆる手を尽くして再び誰かに見そめられる服にしていく。
「クリーニングが終わりました。館長も流石にお疲れのようです。採寸と展示は私たちで行いましょう」
メジャーで服の採寸を行い、素材や伸縮性もチェック。写真はなるべく生地感が伝わるようにアップで撮影。
後ろのソファーで館長がのびている。
「あ、大切なことを忘れていました。館長、タイトルをお願いします」
museumに展示される服は美術品と同じで、全て題名がついている。
それはその服が前オーナーと歩んだ道や、デザインの美しさにインスピレーションを受けて命名される。
絵画や物語を楽しむように、毎日の服を楽しんでほしいから。
「こちらのコート、お買い上げだそうです」
命名が一通り終わった頃、別の案内人が展示品のコートを抱えてやってきた。
もう1人はラッピングシールと個包装の袋。
一着一着を袋に包んだあと、サンクスカードを添える。
最後に、選ばれた服たちのイメージに沿ったシールを貼って完成。
「では、郵便屋さんへお願いしてきますね」
いくつかの袋を持って案内人たちは出ていく。
無事に来館者様のもとへ届きますように。
館長はくったりと心地よい疲れに身を任せて、再びソファーに横たわった。
テーブルには、来館者様からのメッセージがいくつか積んである。これを読み返しながら紅茶を飲むのが最高、と呟く。
──この努力がもし割に合わないものだったとしても悔いはない。
自分の手を離れた服が誰かを幸せにしてくれるのだとしたら、それ以上の報酬はどんなお金を詰まれても敵わないからだ。
「ただいま戻りました」
「……おっと。静かにしておきましょう」
手紙を被って眠っている館長。案内人たちはそっとドアを閉める。
museumの扉の前に『本日は閉館しました』の立て看板がコロコロと持ってこられた。
「これが大まかな館長のお仕事です。あなたの毎日がハッピーでありますように」
またのご来館をお待ちしております。