2023/09/14 21:38
服に必要なものは、品質と良いデザイン。
それが揃っていれば別に金額は気にしない。
安いだけで質が伴わない服が溢れるこの世の中、アタシはハイブランドだけを信じてる。
クオリティを約束されたアイテム、少しの優越感。
カフェでコーヒーカップを片手に、画面の中の最新コレクションを指先でなぞる。
「ねえ、closet museumって知ってる?」
聞き慣れない単語が耳に入った。隣の席の女子二人。至って普通の身なりで、着ている服は2〜3000円てところね。冷めた目でちらりと見遣る。
「古着の博物館だっけ?」
「そうなんだけど、展示されてるヴィンテージの服がそのまま買えちゃうんだって!」
「え〜楽しそ〜。次の休みいこっか」
──ヴィンテージ、ね。
海外セレブの間でもヴィンテージアイテムは昔から取り入れられている。中でもジーンズはかなりの高値でやりとりされる場合もある。
もしそういったものもあるんだったら、覗いてみる価値はあるかもしれない。
ダラダラと飲み続けていたコーヒーを飲み干し、席を立った。
「ふーん。佇まいはなかなかじゃない」
大理石の柱とガラスの回転ドアの前で呟いた。
ドアをくぐると真っ赤な絨毯と夜空のドームが広がっている。中では『案内員』と刻まれた金の名札をつけた人が二人、門番の様に立っていてお辞儀をしてきた。
「ようこそ、closet museumへ」
「ご案内いたします」
交互に喋る狛犬みたいだ。でも、案内員が付き従うのは悪くない。
順路に従って展示品を眺める。品質は──まずまずといったところか。ヴィンテージだけあってダメージがあるし、サイズも現代向けではない。
ましてや、修繕済みの札が下がっているものもある。新品のハイブランド品ならまず有り得ない。壊れたものを直したところで、傷は消えないしチグハグだ。
元のものと全く同じに直せないなら、品物として値段をつけて出すこと自体がおかしいんじゃないの?
すでにここに見切りをつけ始めて、いっそ途中退館しようかと思い始めた頃、案内員が声を上げた。
「お客様、こちらはいかがでしょう」
そこはバッグのコーナーだった。
私の目には、決してピカピカとは言えない状態のショルダーバッグが映った。
ベルトの付け根がくたびれていて補修のための革パッチが当てられているし、本体の角は細かいスレがある。よく見ると片方のベルトの金具は別の物で取り替えられているようだった。
元々は有名なブランドもので、今でも“綺麗な状態であれば”数万円は下らない。見るのは初めてだったのでまじまじと見つめる。でも、こんな満身創痍のバッグをなぜ勧めたのだろう。
「このベルトは前のオーナー様がお直しに出したものです。パーツも紛失してしまったのでしょう、修理屋さんがよく似た色の革と金具を用意してくれたのだと思います」
「こちらのパッチは、館長が同じく似た色の革を用意して裏当てとして補修したものです」
案内員が口々に喋る。
なぜそこまでして──
「なぜそこまでして、壊れたものを直すのだと思いますか?」
心を読んだように案内員は言った。
そうだ。壊れたのなら、新しくてもっといいものを買えばいい。壊れる頃には新作が出ているんだから。
直すのにだって費用がかかる。それならもう少し上乗せして別のものを買えばいいはずだ。
でも。
ショーケースの中のバッグを見た。
「壊れたものを直すのは、少しでも長くそれと一緒にいてほしいからです」
「直された傷の数だけそれは愛されてきた証です。我々はそれを隠すことなく、誇りと思います」
バッグは、堂々としていた。
横に立てられた札には修繕した箇所について詳しく記載されているのにも関わらず。自分は新品ではなく、難もあると言われているにも関わらず。
照明でベルトの金色が反射して星のように輝いた。
いつだったか親が買い与えてくれたぬいぐるみは、毎朝毎晩一日中連れ回したせいでくたくたになり、腕も首の付け根もほつれてバラバラになってしまいそうだった。
その度アタシは大泣きして、親にしがみついて直してくれるように頼んだんだっけ。
成長するにつれてぬいぐるみ離れしたあと、どこにやったかわからなくなってしまった。今、無性にその子に会いたいと思った。
***
「よくお似合いです、お客様」
案内員はにっこり微笑んだ。
当然。これはアタシにふさわしいでしょ。
不敵に笑い返す。肩にはボルドーカラーのショルダーバッグ。いざ購入しようとした時、あまりにも値段が低いから驚いた。
『館長の意向です』としか言われなかったけど、物好きな人もいるものね。
回転ドアをくぐり抜けると、いつもの街並みが現れた。後ろでは案内員二人がガラスのドアの向こうでお辞儀をしている。
さあ、ここから忙しい。このバッグに合う秋の新作コレクションを探さなければ。少しトーンを抑えたダークカラーがいいかも。
いや、それよりも。
立ち止まり、ヒールをくるりとターンさせて駅前の百貨店へ向かう。
バッグのケア用品を買わなくちゃね。